エスペランサ・スポーツクラブ 始まりの出会い

本郷台キリスト教会(神奈川県横浜市) 池田恵賜さん 佐藤賢二さん


きっかけは日韓ワールドカップ


「きっかけは2002年の日韓ワールドカップだったんです。」本郷台キリスト教会の主任牧師であり、エスペランサ・スポーツクラブの代表者でもある池田恵賜さんが、元アルゼンチンサッカー代表で現在はチームの監督を務めるオルテガ氏と出会ったのはクラブの立上げ前年の2002年日韓ワールドカップだった。


 池田さんが同教会の若者担当となったころ、教会に通う中高生の男子は一人もいなくなってしまっていた。「部活か、信仰を選ばされてしまう。」週末の過ごし方を、練習や試合のある部活か、礼拝のある教会かの二者択一を迫られてしまう青少年に何とか寄り添いたいと考えていた池田さんは、スポーツと信仰をつなげる方法を模索していた。


本郷台キリスト教会 主任牧師 池田恵賜さん

 そんな池田さんにとって大きな転機になったのが、2002年に開催された日韓W杯だった。本郷台キリスト教会のある横浜市で大会の決勝戦が開かれるため、大会を通じた伝道について話し合う会議に参加した池田さんは、韓国側の出席者の宣教師から熱い思いを聞く。「20世紀は戦争の世紀だった。戦争の愚かさを学んだはずなのに21世紀に入っても争いは続いている。21世紀最初に行われるこの国際的なスポーツ大会で『平和の祭典』を訴えたい。私はその思いを胸に日韓共催を祈ってきてそれが実現した。かつて争いのあった両国での開催になることで、きっと平和のメッセージを世界に発信することができる。」池田さんは大きな衝撃を受けた。先の戦争で日本は韓国から恨まれていると思っていたが、その韓国の牧師から手を差し伸べられたことで、ああ、そうなんだと自分がやるべきことを深く感じたという。日本人としてぜひ一緒にやりたいと思った。



 池田さんは各教会とともに、日韓ワールドカップに合わせて、サッカーフェスティバルの開催に邁進した。横浜市内のみなとみらいなどのサッカー場で、フットサルトーナメントやフリーマーケットなど、3000人もの参加者が集まるなどの盛況を得た。「スポーツは子供の心を開かせる力がある」ことを実感した池田さんには、「これが一発花火にならないようにしたい」という思いが募った。


 そんな池田さんに、フェスティバルにともに取り組んだある宣教師から、「オルテガという人物が日本に来ている、是非彼に会ってほしい」と連絡があった。オルテガ氏は、日韓W杯で優勝候補の筆頭に挙げられていたアルゼンチン代表を応援しようと家族に勧められて日本へ駆けつけたが、同代表はまさかの予選敗退となり、お互いを乗せた飛行機は太平洋上ですれ違ってしまっていたのだった。まさかの事態に、どうしたらよいかと頭を悩ませたオルテガ氏は、かつて鳥取に滞在していた時に知り合った、日本国内で唯一知っているという宣教師に相談したところ、その宣教師が池田さんを紹介、本郷台キリスト教会で2人は運命的な出会いを果たすことになったのである。


 当時、元アルゼンチン代表サッカー選手であったオルテガ氏のことを知らなかった池田さんは、サッカーフェスティバルでの成功体験と今後の想いについて同氏に伝えた。そして、オルテガ氏の想いを聞いた。「アルゼンチンでは10代の子どもは夢と希望しか抱かないのに日本の青少年の自殺率が高いことを知り、心を痛めていた。自分ができることはサッカーなので、サッカーを通じて日本の子どもを助けたいと思っていた。」オルテガ氏と意気投合した池田さんは、「神様が2人を出会わせてくれた」との思いを強くしたという。オルテガ氏は、その翌日から教会でしばらく過ごすことになり、ビザが切れるまで子供たちにサッカーを教える教室を開いたほか教会の行事を手伝い、当初の来日目的からは思いもよらず池田さんとサッカースクールの構想を練ることとなった。

本郷台キリスト教会 池田さんとオルテガ氏はこの教会で運命的な出会いを果たした

 ビザの期限に伴い、オルテガ氏はアルゼンチンへ一度帰国した。サッカースクールの立ち上げは容易なことではない。まして遠い異国となれば大きなチャレンジである。しかし、池田さんはオルテガ氏と見た夢をあきらめることなく、同氏の故郷でありオルテガ氏一家が生活していたアルゼンチンの北西部にあるフフイ州まで直接足を運び同氏とのサッカースクール実現に深くコミットしていった。池田さんの誠意と決意を感じたオルテガ氏は、家族全員を伴って日本に移住することを決断、その年の12月末日に再来日。当初池田さんはオルテガサッカースクールという名称を考えていたが、「日本の子どもにとって希望となるクラブチームであるべき」というオルテガ氏の想いを受け、スペイン語で「希望」を意味する「エスペランサ」を名称に入れて、サッカースクール・エスペランサを立ち上げた。創設当初は小学生向けのサッカースクールで80人の子どもが入会。2005年にはジュニアユース、2011年にトップチーム、2012年にユースをそれぞれ立ち上げ、創立から18年を経て延べ3000人以上の青少年がこのサッカースクール・エスペランサで学んでいる。(2011年に「エスペランサ・スポーツクラブ」に改称)


 「設立前に、もしこれだけ大変だと知っていたらやっていたかどうかわからない」と池田さんは昔を思い出して言う。サッカーの練習ができるグラウンドを借りるために地域の理解を得ようと、奔走したことも一度や二度ではない。オルテガさんの強い信念と教会からのバックアップが様々な奇跡のような偶然を呼び込み、今のエスペランサまで辿り着いたかのようである。

 エスペランサ・スポーツクラブに通う青少年やトップチームの選手たちは、全員がクリスチャンというわけではないが、練習や試合の前後に必ず祈る習慣がある。かつてエスペランサへ練習に来る途中、交通事故で大怪我をした子がいて、居合わせた子供たちが怪我したチームメートを囲み、手を取り合ってその無事を祈っていたということもあった。「プロ選手である前に、プロの人間であれ」、エスペランサ・スポーツクラブの哲学だ。その祈りが通じたのかその子は回復し、翌年にはチームに戻ってきたという。そうした支え合う気持ちはエスペランサ・スポーツクラブの強みになっており、エスペランサ・スポーツクラブを巣立った選手が、トップチームの選手として戻ってくることもあるという。就職や結婚などライフステージの変化を報告に、チームへ訪れるOBも多く、サッカーを通じて一人の人間として育ってほしいと願う池田さんは、そんなOBの成長がみられるのが嬉しいと話す。


本郷台キリスト教会 牧師 エスペランサSC チャプレン/クラブマネージャー 佐藤賢二さん

同教会の牧師であり、2008年からチャプレン/クラブマネージャーとしてチームの広報、バスの運転も兼任している佐藤賢二さんは、子供たちにリーダーとは「人に仕える人だ」と伝えているという。クラブハウスや選手の着替えスペースを自身で作り、人工芝の手入れを行っているオルテガ氏の姿に重なる。子供たちにとっては最高の手本だ。聖書の内容を子供たちに伝えることもあるが、必ずしも宗教としてのキリスト教を伝えているわけではない。まずは一人一人が、神様に愛されている大切な存在であり、自分には価値があるということを知ること。それがスクールに通う青少年たちの自己肯定感を高め、自信に繋がっているように思える。それが他者を思いやる力となり、どんな壁もあきらめずに乗り越えられる力となる。



 次回はそんなエスペランサのトップチーム(エスペランサSC)の専務としてチームを支える宮﨑亮氏に話を伺う。

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